近年、カスタマーサポート領域で、カスタマーハラスメント(以下、カスハラ)が大きな問題となっています。カスハラは、顧客による不適切な言動や要求によって、従業員の精神的健康に悪影響を及ぼすだけでなく、退職リスクの増加、優秀な人材の流出、再雇用に伴うコスト増大といった経営上の問題を引き起こす可能性があります。
東京都では全国の地方自治体に先駆けて、これを防止する条例の制定に向けて動き出していますが、まだまだ多くの企業が五里霧中の状態にあります。
本記事では、カスタマーハラスメント対策の基礎知識や具体的な対策などをテーマに、プライムフォース株式会社の代表取締役である澤田哲理氏による講演の内容を紹介します。また講演後は、澤田氏とカスタマーハラスメント対策の先進企業であるアンカー・ジャパン株式会社のコーポレート本部長である井田真人氏、カラクリ代表の小田によるパネルディスカッションを展開し、実際の取り組み事例や課題について議論を深めましたので、その様子をお伝えします。
(この記事は2024年4月24日に開催されたセミナーの内容に補足・編集を加えたものです)
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本当によいお客様との関係を強化するために、お客様でない方々を明らかにしよう
プライムフォースでは、顧客接点のDXを実現するため、幅広くコンサルティングを提供しています。そのプロセスの中で、カスハラに悩み疲弊するカスタマーサービス最前線の姿を目の当たりにし、対策に取り組む必要があると痛感したことから、この領域にも支援の手を広げています。
ひるがえって、カスハラとは何でしょうか。厚生労働省ではカスタマーハラスメント対策企業マニュアルを公表しており、そこではカスハラを「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当のものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」と定義しています。また、東京都でも「カスタマーハラスメント防止対策に関する検討部会」が設置されており、つい先日、カスハラを就業環境を害する著しい迷惑行為と定義し、条例制定をめざしていることが発表されました。
ただし、澤田氏によると、カスハラの具体的な基準は、企業により異なるといいます。たとえば、富裕層が百貨店の外商部に対して高い要求を出すのと、牛丼チェーン店の接客に文句をいうのとでは事情が違うと、同氏は具体的な例を挙げました。
カスハラに一定の基準があるわけではありません。その判断は、企業の業種業態、企業文化に照らして各社で定めておくことが重要です。どこからがカスハラなのか、それは企業それぞれで線引きしなければなりません
日本の企業では伝統的に、誰が自社にとって優良顧客かというセグメント化やターゲティングを行ってきました。しかしその一方で、”お客様は神様です”という言葉が示すとおり、苦情となると来るもの拒まず誠心誠意対応すべきだという考えが少なからずありました。この考え方は時代に合わなくなってきたとして、澤田氏は企業にCMX、Complaint Management Transformation、すなわち苦情マネジメント変革が必要だと提唱しています。
その根本にあるのは、お客様ではない方々を明らかにしてマネジメントしていくという考え方です。これは表面的な顧客第一主義を脱却して、本当によいお客様との関係を大事にするために行います。人間でなくても対応できる部分は、FAQやチャットをチューニングしながら対応しましょう。また、お客様の総花的なリテンションをめざすのではなく、本当によいお客様のリテンションを目標にしましょう。さらに、商品やサービスの改善のチャンスになるような優良なクレーマーと悪質なクレーマーをきちんと区別し、悪質なクレーマーについては、スムーズに顧客のステージから退場いただき、現場のスタッフの心的な安全を確保していくことが重要になってきます。
カスハラ対策で重要なのは、対応テクニックではなく経営課題と考えること
それでは、具体的にどう苦情マネジメントを行えばよいのでしょうか。ポイントは3つあるといいます。
1.総合的な苦情マネジメント
1つめは、誰がお客様で誰がそうでないのかを経営レベルできちんと定義すること、そしてこれを、経営層から企業全体、コールセンターなどのカスタマーサービスの現場までしっかり共有していくことです。
2.真の顧客第一主義
2つめは、自社にとっての真のお客様によいサービスを提供するためにリソースを集中することです。理不尽なカスハラ顧客にリソースを使うのではなく、自社の製品・サービスを愛してくださるお客様にリソースを使うべきです。
3.従業員の安全性
3つめは、従業員の心的安全性を確保するためにカスハラに毅然と対峙し、従業員に対してはメンタル面などのケアを行うことです。
よくカスハラ対策というと、どう苦情に対応するかというテクニックの話になりがちです。しかし、それは本当のお客様が苦情を言ってきた場合に限られ、苦情マネジメントといえば上記の3点が本質的なポイントになります。ここに澤田氏は、もう1つのポイントも提案しました。
苦情マネジメントは経営課題ですが、経営課題であるからには財務課題でもあるということです。悪質クレーム対応に優秀なオペレーターさんが何日も拘束される。また疲弊して退職してしまい、改めて採用や教育にコストがかかる。これらは企業の収益性を悪化させる要因になります。ですから、苦情マネジメントというのは、経営的な視点で取り組まなければなりません。
苦情マネジメントができる組織をどう構築すべきか?
澤田氏はまた、苦情マネジメントできる組織構築のための提案も行いました。
まずは、お客様を企業の大事な資産と捉え、本当のお客様とそうでない方々の定義を行うことです。
また、悪質クレーマーには、現場のオペレーターやスーパーバイザーではなく、専門的なスタッフあるいはプロフェッショナルにその対応を委ねることです。
さらに、組織面においては、現場任せにせず、経営トップがきちんと状況を把握していくことも重要です。
加えて、顧客接点という観点では、その統括者としてCCO、Chief Customer Officerが必要だと言われますが、ここでは苦情マネジメントに特化したChief Complaints Management Officer、CCMOを設けることを提案。苦情対応に責任を持つ管理者、「こういう方は顧客のステージから降りてもらってもいい」と判断し、それを実行できるプロ人材、こういった存在も求められる時代になってきています。
企業のカスハラ対策チェックリスト
講演の終盤、澤田氏はカスハラ対策のチェックリストを共有しました。ガバナンス・ルール系、プロセス系、運用系の3領域で、これを見ることで企業内の対策がどこまで進んでいるか確認することができます。
- 顧客定義がある
- オペレーター向けマニュアルにないクレームの対応方針がある
- 反社会的勢力に対して、判別・対応ルールがある
- 警察相談、弁護士介入の基準がある
- ハードクレームにさらされたOPのメンタル対策の仕組みがある
- クレーム対応マニュアルがある
- クレームに特化した記録用紙、もしくはCRM入力ルールがある
- クレームの種類を判別する基準がある
- 種類別の対応になっている
- 2次・3次対応者への引き継ぎルールがある
- クレーム対応の定期的なトレーニングが実施されている
- オペレーター対応困難なクレームのアラートルールがある
- モニタリング開始の基準が守られている
- 受けたクレームを定期的に分析する機会がある
- マニュアルの更新が定期的になされている
視聴者からのリアルな質問・お悩みに回答したパネルディスカッション
続くパネルディスカッションでは、カラクリ株式会社 代表取締役 CEO 小田志門がモデレーターとなり、上記のチェックリストの5割は実施済みというカスハラ対策先行企業 アンカー・ジャパン株式会社 コーポレート本部 本部長 井田真人氏が、事前に寄せられた質問やセミナー内のチャットで寄せられた質問に回答し、澤田氏が適宜補足する形で進行していきました。ここではそのやり取りの一部をご紹介します。
10個以上の切実な質問・お悩みに回答したセッションは下記よりご視聴ください。
Q.カスハラの定義や切り分け基準と、そう判断した際の対処について事例を交えて知りたいです
この質問に対して井田氏は、アンカー・ジャパンでは明確な基準を定め、絶対にNGというワードが出たらカスハラとして切り分けて対応していると回答しました。ただし、完璧な基準は定められないと考えており、発生のつどケース・バイ・ケースで判断している部分もあるといいます。
重視しているのは、すぐにエスカレーションできる体制の構築で、カスハラではないかと感じる事案に遭遇したとき、オペレーターがコミュニケーションツールを使ってスーパーバイザーに相談できます。スーパーバイザーは会話をモニタリングするなどして該当するかどうか判断し、ひどい場合はスーパーバイザーが会話を引き継ぎ、ときにはこちらから電話を切ることもあります。
お客様は神様といわれますが、当社では人間対人間のやりとりであるということを意識しており、ひどい事例では今後電話をつながないような対策も行っています。
アンカー・ジャパンではまた、発生した案件を3種類に分けているといいます。クレーム案件、過剰要求案件、不当要求案件がそれらで、クレームに関しては円満解決を求めていく、過剰な要求に対しては諦めていただく、不当要求やハラスメントに該当する案件に関しては、相手の気持ちを逆なでしないように気をつけながら退場していただく、と定めています。
さらに、寄せられた「意見」に対しては傾聴して感謝するけれども、それが「不当要求」だったときには徹底してお断りする、ということも会社全体で意識統一しています。会話が長くなるとこの2つが交じってくることもあるため、意識して切り分けることが重要だとのことでした。この同社の方針に対し澤田氏も、切り分け基準が明確かつシンプルでいい、オペレーター一人で対応させない体制もさすが、と称賛していました。
Q.カスハラ被害を受けた従業員へのメンタルフォローはどのように行うべきでしょうか
「カスハラ被害を受けた従業員へのメンタルフォローはどのように行うべきでしょうか」という質問も寄せられました。
澤田氏はまず、カスハラ被害でオペレーターがメンタルダメージを受ける前に仕組みを作ってほしいと回答。すぐにエスカレーションする、スーパーバイザーなりマネージャーがサポートする、その日は対応からはずれて休んでもらう、などが対策の例になります。
特に、真摯に対応しようとするオペレーターほどクレーマーやカスハラのお客様が集中する傾向があるため、餌食にならないようきちんと仕組みを作ってフォローするのが重要です。井田氏は、これらに加えて誰がフォローするかも非常に大事だと補足しました。そのオペレーターにとって気が休まる人をアサインして1on1ミーティングを定期的に開催する、それも時間を置くと効果が薄くなるため、発生してからなるべく早い段階で話を聞くのがいいようです。
カスハラ対策は価値の高い仕事、現場はがんばりすぎないで
苦情マネジメントという新しい視点に基づいた澤田氏の講演と、視聴者からのリアルな質問に答えるQ&Aセッションにより、充実したセミナーになりました。特にQ&Aセッションには紹介した以外にも数多くの質問が寄せられ、活発な意見交換が展開され、カスハラがさまざまな企業で恒常化しつつある様子がうかがえました。
深いお話を伺え、私も新しい知見を得ることができました。当社もAIで力になれればと思います。すでに実践されているカスハラ対策のスキルセットというのは非常に重要で、価値の高い仕事です。現場の方には『がんばりすぎないで』、経営の方には『まず企業に則した基準作りを』と申し上げたいですね。
小田はこのようにクロージングし、カスハラ対策に奮闘するカスタマーサービス最前線にエールを送っていました。
非常に参考になったと回答した方が63%!アーカイブ配信をぜひご視聴ください
本セミナーに参加された方の63%が「非常に参考になった」、37%の方が「参考になった」と回答しています。カスハラ対策に役立つ実践的な知見や、経営的視点から見た苦情マネジメントの重要性など、カスハラ対策に活かせる情報が満載です。セミナー当日にご参加いただけなかった方も、アーカイブ配信でぜひその内容をご確認ください。
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